24872385007_b811302cad_h

※この記事は仮想通貨と経済社会について、関連する7冊の書籍を紹介する形で論考を進めていきます。

2018年1月16日、ビットコインをはじめとする仮想通貨の相場が軒並み大暴落を起こしました。
 
僕自身は2017年に仮想通貨の勉強を始めて少額ながらビットコイン(BTC)を保有していましたが、どうしても欲しいデジカメを買うために円に交換してそれきりになっています。

もともとブロックチェーンという技術に興味があって、それを噛み砕いて説明してくれた大塚雄介氏に感謝の意を込めて、同氏がCOOを務めるコインチェックという取引所でアカウントを作成しました。最初は御祝儀代わりに3万円をBTCに交換しました。

ビットコインが初めて価値を持ったのは2011年5月22日、1枚のピザと交換されたことに始まります。
その後、取引が世界中で行われるようになる過程で取引所からビットコインが盗まれるなどの醜聞もあり、「何だか怪しいもの」という認識が一般にも広がったのは記憶に新しいところです。

今ではビットコインだけでなくアルトコインという仮想通貨が数え切れないほどあり、対法定通貨価格を急激に上げてきています。

この現象はどう説明できるのでしょうか? 

ある人は仮想通貨は価値の裏付けがないから投機と断言します。しかし、これは正確ではありません。

なぜなら、 ブロックチェーンでは取引の整合(正当)性を検証するためのコンピュータの演算に莫大なエネルギーが投入されているからです。コンピュータの管理者は演算に速く成功すると仮想通貨が与えられるというインセンティブによって、検証作業に参加します。この一連の通貨発行受益権(シニョレッジ)の獲得の過程をマイニングと呼びます。

膨大なエネルギーを投入することは、ここでは電力の消費を意味します。電力は石油燃料を消費することで得ることができます。つまり、ビットコインの本質的価値は原油の消費によって裏付けられているのです。金(ゴールド)と並べられて語られることの多い仮想通貨ですが、希少性によって価値を認められているゴールドとは性格が大きく異なる存在だと思います。

原油の消費が価値の裏付けになるのは、実は20世紀の資本主義の在り方を踏襲しています。20世紀の資本主義は原油の浪費と銀行マネー(投資)によって支えられたことは関曠野
(せき ひろの)氏の著作に詳しいです。

しかしながら、原油の価値にペグ(裏付け)されるのであればこれだけボラティリティ(変動幅)の大きい値動きは考えられません。少なくとも原油価格は先行指標となり得ないのが現状です。

そこで、考えられるのが経済の自立分散化との連動です。 従来型の資本主義とは別の価値主義の出現に伴って、共感や感謝を可視化するテクノロジーとして仮想通貨が主軸となることが期待されて価値が高まっているのかもしません。この分散の考え方が(株)メタップスCEO 佐藤航陽氏の著作『お金2.0』に示されています。



経済・自然・脳のように、複数の個が相互作用して全体を構成する現象は「創発」と呼ばれます。

 


価値主義と呼ばれるものには次の類型が挙げられます。

①仮想通貨を含めたトークンエコノミー
②シェアリングエコノミー
③評価経済 

シェアリングエコノミーはモノの所有を前提としない経済で、必要な時にレンタルしてシェアするわけですが、車と家の所有を人生の目的とする私以前の世代とは大きく異なります。



例えば、先ほどの価値という観点からすると30歳前後の世代は、すでに車や家や時計などのものに対して高いお金を払うという感覚がわからなくなりつつあります。

 

佐藤氏の著書で特徴的なのは旧来の資本主義と対立するものではなく、個人が自由に経済圏を選択できるという未来を描いている点です。

アイン・ランドの著作『肩をすくめるアトラス』では、主人公ダグニー・ダッカードを含めた基幹産業の重要人物たちが姿を消して、新たな社会コミュニティーを形成して既存社会と断絶する様子が描かれます。詳しくは1,000頁を超えるこの大作を読んで欲しいのですが、この小説を貫くのはオブジェクティヴィズム(Objectivism)と呼ばれる哲学です。この哲学が理想とする社会体制は小さな政府による自由放任主義ですから、米国の共和党員に支持者が多いのです。


オブジェクティヴィズムは価値主義と近い思想ですが、前者が既存社会(横領者・セコハン人間の形成する社会)との断絶を主張したのに対し、価値主義は資本主義(既存社会)と粒度が同じレイヤーとして容認されると言う点で、大きく異なります。

さて、資本主義も価値主義も根源的には石油資源の浪費をバックボーンとする前提は先に述べた関曠野氏の考え方に符合するので、価値主義とはある意味、資本主義のミメーシス(模倣)なのかもしれません。


資本主義は一方で、資産経済を富ますことに費やされて消費経済は規模から見てかなり小さいという不均衡があります。さらには、r>gの不等式でも有名なトマ・ピケティは「21世紀の資本」で、この資本経済の偏りが極大化することで不平等が齎されると主張しています。

その解決策としてピケティは懐疑的ながら資本税の導入を提唱していますが、過去2度の世界大戦のように資産経済の徹底的破壊によってでしか不平等は是正されないというのが彼の実の意図する主張だと僕は解釈しています。その意味では、資本主義というのは精神的病理を抱えたシステムだと捉えることができます。


ところで、経済の分散化を加速させるために、関氏と佐藤氏が各々の著書で主張しているのがベーシック・インカムの導入です。

ベーシック・インカムは英国人のダグラスによって、彼が考えた価格形成理論(A+B理論)の歪みを解消するために1930年代に提唱された考え方です。



価格はほとんど資本への投資や銀行への利払いで形成されていて、ほんの一部が賃金に充てられることを発見しました。だから勤労者の所得では生産された商品の一部しか買えない。
<中略>その結果として、工業経済は消費者の所得不足と企業の生産過剰という問題に悩まされ、それは最後に恐慌に至るということですね。

 

では、資本主義と価値主義の分散が進んだ未来はどうなるでしょう?

悲観的な材料として関氏が挙げるのはピーク・オイル(石油の枯渇)に到来により、石油資本主義の成長の限界が露呈し、工業社会は破局するというシナリオです。グローバルな工業経済から農業中心の地域経済にシフトする未来です。


補足すると、関氏の主張するピーク・オイルは米国が開発したシェールオイル革命により2世紀程延長されました。しかし、温暖化などの環境破壊によりピーク・オイル・デマンドと言って、原油の消費そのものを抑制することが議論されています。
 
この文脈で行くと、原油消費に裏打ちされた仮想通貨の価値は徐々に失われて価値主義経済は混乱に陥るでしょう。

まとめると、次のように集約されます。

・仮想通貨の価値は石油の消費を前提とした資本主義の延長線上にある。
・仮想通貨は価値主義という新たな経済圏の分散化のドライバーとなる。
・経済圏の分散化はベーシック・インカム導入で加速する。
・石油消費社会の終焉とともに、仮想通貨の価値は下落する。
・仮想通貨本位制下の価値主義は瓦解する。
・経済は農業に凝集した地域単位で分散化する。

仮想通貨の未来は明るくないかもしれませんが、経済が分散化していく蓋然性の中で仮想通貨のプライシングが為されていると考えるととても興味深いです。