K.Iwahashiが語るラグジュアリー論

映画「Whiplash」の邦題『セッション』のネーミングセンスのマズさは別として、これは偉大な映画です

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'79年生まれ。1浪2留の追加モラトリアムを経て'05年に早稲田大学商学部卒業。 現在は金融セクターのIT部門にて(マジメに)勤務。 時計や車などのラグジュアリー、服飾、DTM、それらにまつわる書籍の記事が得意です。

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もういい加減洋画に邦題つけるのやめませんか?絶対原題の方がいいですって。洋楽アルバムがようやくメチャクチャな邦題(例えばピンク・フロイドの「原子心母」とかね)から解放されて随分経つと思いますが、映画配給会社は相変わらずのようです。何だか先進国っぽくないんですよ、こういう原題無視の邦題。

邦題への怒りはともかく、この映画は僕が観た映画の中でダントツに偉大な映画でした。僕が音楽、特にジャズが好きというのも評価にウェイトをかけている点なんですがね。観ている間中体を揺らしっぱなしでした(人に見られなくってよかった)。

Whiplashとは「鞭で打ちまくる」という意味です。劇中の曲名にもなっていますが、これほど相応しい題名ないはずなんですよ。それが「セッション」とは...(涙)

エリート校の権威から解き放たれ、表現の自由を得た師弟の対決

監督のデミアン・チャゼル(弱冠30歳!)がハーバード出身なのも無関係ではないと思います。彼はこの映画でアメリカにおける学歴の重圧というものを表現しようとしたんだと思います。 その権威主義は芸術の分野にまで侵食し、あたかも士官学校の訓練の様相を呈す。そして、支配する側もされる側も精神を侵されていく。その葛藤を悠然と横断できるのは一握りのずば抜けた天才だけ。あるいは、この映画のニーマンように退学になるか、告発によって教授の職を追われるかでエリートの中の中庸はようやくストリートで精神の自由を得るものなのかもしれない。

フレッチャー教授はニーマンにドラムスの才能を見出したのではなく、その権威主義のコンテクストに適した隷属の資質を見出して、ひたすら追い詰める。それは演奏に対する完璧主義の仮面を被った狂気なのです。いみじくも、フレッチャーを演じたJ.K.シモンズはフレッチャーの性格をサイコパスと評しています。

フレッチャー教授の役柄、ひと昔前ならケビン・スペイシーがはまり役でしょうね。「SWIMMING WITH SHARK」(邦題は陳腐なことに「ザ・プロデューサー」)で彼が演じた映画会社の重役、アッカーマンはまさにそんなキャラクターです。この映画も僕、大好きなんです。

学歴に対するアメリカ人の思い入れは「GOOD WILL HUNTING」の雰囲気を思わせます。 アメリカ人は雇用が流動的なこともあり、会社に対する思い入れよりも出身大学や学位へのそれが強いように思います(日本とは逆ですね)。

アメリカでは音楽がスポーツや他のアカデミズムの婢となっている現実もニーマンの親戚との会食で垣間見ます。これはアメリカに限らず、かな?

サスペンス性は「BLACK SWAN」のテイストに近い印象を持ちました。きっと脚本を書いたチャゼル監督もかなり影響を受けているのではないでしょうか?

というわけで、この映画は僕が好きな3作品の要素が入ったストーリー仕立てとハイ・クオリティーな音楽が高いレベルで融合していて最高にオススメできる映画です。

これを観て、「Full Metal Jacket」(スタンリー・キューブリック監督)の新兵訓練を思い浮かべちゃってる人はまだまだ浅いですよ!この映画のテーマはとても深いんです。

 

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