K.Iwahashiが語るラグジュアリー論

Gressive編集長・名畑政治氏による『オメガ・マニア養成講座』を受講してきました!

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'79年生まれ。1浪2留の追加モラトリアムを経て'05年に早稲田大学商学部卒業。 現在は金融セクターのIT部門にて(マジメに)勤務。 時計や車などのラグジュアリー、服飾、DTM、それらにまつわる書籍の記事が得意です。

2018年9月14日〜9月25日に名古屋栄三越で20回目となる「ワールドウォッチフェア」が開催されました。9月22日は6階タイムピースラウンジアストロラーベでGressive名畑政治氏によるイベント『オメガ・マニア養成講座』が開催されたので、出かけてきました。そのイベントを紹介してくれた時計仲間が『オメガ スピードマスター1stレプリカ』を貸与してくれたので、その時計にNATOストラップを換装して出掛けてきました。

僕が会場に着くころには15人ほどの人が集まっていました。皆さん、腕には30mmムーブメントのアンティークが巻かれています。うーん、すでにマニア感が出ていました。

オメガの30mmクロノメーターはグランドセイコーのお手本となった?

「30mmクロノメーター」ムーブメントを調整していたのはジョセフ・オーリー氏で、当時そのムーブメントを見た諏訪精工舎の技術者は赤金メッキのキラキラしたムーブメントに触発されて、セイコーの高級ラインであったロードマーベルに取り入れ、のちにグランドセイコーとして昇華させていったそうです。

この30mmクロノメーターを入手するに至った名畑氏のエピソードは面白くて、東京のアンティークショップで最初に手に入れたものはリダンされた文字盤だったそうです(オメガミュージアムの館長に指摘されたとの)。その後、未調整の30mmクロノメーターをスイスで手に入れた後、東京に戻って当のアンティークショップでリダン品を掴ませたことは水に流して、新たに入手した時計の調整を引き受けてもらったそうです。そこで得た教訓がユニークです。

ちょっと問題のあるものでも手元に置いておこうと。そうすると、類は友を呼ぶじゃないですけど、引き寄せあって、それに近いものが手に入ったり、より良いものが手に入ったりするということが結構あるんですね。

第二次世界大戦を機に趨勢が一変した時計業界

スイス時計が高い評価を受けるに至ったのは第二次世界大戦で枢軸国、連合国の両方に時計を売ることができた「永世中立国」という地位によるものだと名畑編集長は解説してくれました。その結果、「ねじ込み式防水性」、「自動巻き機構」、「日付表示」、「高精度」の4つのイノベーションを武器に、戦後の好景気に乗って市場を席巻したのです。アメリカの時計産業は戦前はスイスを凌駕していましたが、戦中は爆弾の信管や計器など軍需部門に偏重していたため、戦後は衰退してしまったということです。

オメガがその爛熟期に30mmクロノメーターを発展させる形でリリースしたのが「シーマスター」で、これが人気を博し、ハミルトンなどアメリカの時計産業を完全に駆逐してしまったということです。

自動巻き機構とクロノメーター検定を併せ持ったモデルが今でもラインアップに残る「コンステレーション」で、創立100周年を記念したセンテニアルモデル(Cal.333搭載)が名畑氏のコレクションにも展示されていました。

ところで、名畑氏は今年発表されたオメガ シーマスター 1948 マスター クロノメーター(Ref.511.12.38.20.02.001)の出来を絶賛されていました。質感はほぼ同等で、デッドストックの当時のものと見分けがつかないくらい完成度が高いそうです。

そして、話題はスピードマスターへ

名畑氏所有のマークⅢ(自動巻)

初期のスピードマスターに搭載されていたクロノグラフムーブメントはCal.321で、高級機に必須と言われるコラムホイールを搭載していました。

Cal.321はレマニアにいた時計師アルバート・ピゲが1940年にオメガからの依頼で12時間積算計を搭載することを要件として開発がスタートしたそうです。アルバート・ピゲは時計学校の卒業制作で世界に5つしかないと言われたダブル・エスケープメントを搭載した懐中時計を残した天才時計師で、この時計に着想を得たフィリップ・デュフォー氏によって後年『デュアリティー』として世に出しました。

アルバート・ピゲはその後、60年代に後継ムーブメントとなるCal.861を、70年代にその修正版となるCal.1861に携わったのを最後に退職し、その後は時計と一切の関わりを持たずに余生を過ごしているそうです(2018年現在存命)。Cal.1861は現行のスピードマスター プロフェッショナルにも搭載され続けていて、機構は簡略化されたものの、信頼性を高めた名作なのです。

松本零士氏のスピードマスターにまつわる逸話も面白かったです。

その昔、天賞堂に5万円握りしめてスピードマスターを買おうとした松本先生。しかし、当時のスピードマスターは10万円超。そこで、仕方なく4万8千円のブライトリング ナビタイマーを買って帰ったとのこと。その悔しさが後年のスピードマスター熱を高めたのかもしれないですね。

アポロ13号のジェームズ・ラヴェル船長に自作したツナギにサインしてもらい、「eBayで売らないと約束してくれ」と念を押されるなどゴリゴリのマニアっぷりを披瀝していました名畑編集長。やはり、ここまでディープに好きなことに没頭できるというのは天賦の才というべきなのか…

90分に渡る解説は、ここに書ききれないくらい貴重で新たな発見のあるものでした。僕は90年代のオメガの戦略があまり好きではなく、過去のオメガの功績というものを全く知ろうともしなかったのですが、「知ろうとする姿勢」は大切だなと感じました。

そして、スピードマスターがなぜここまで愛されるのかがわかった気がします。それは「過去と現在を繋ぐ唯一のアイコニック・ピース」であるからなんです。オメガという会社は物凄いイノベーションを成し遂げる会社ですが、形を変えないことの大切さも理解しているのです。

ここ最近スピードマスター 1957トリロジー(Ref.311.10.39.30.01.001)に、無性に掻き立てるものを感じています。今回の養成講座はそれに拍車をかけてしまったような気がいたします…

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'79年生まれ。1浪2留の追加モラトリアムを経て'05年に早稲田大学商学部卒業。 現在は金融セクターのIT部門にて(マジメに)勤務。 時計や車などのラグジュアリー、服飾、DTM、それらにまつわる書籍の記事が得意です。
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