2021年新作オメガ スピードマスター“ムーンウォッチ” マスタークロノメーターを入手して分かったこと

2021年、時計業界のビッグネームが刷新されるというニュースが飛び込んだ。オメガ スピードマスター “ムーンウォッチ”が24年ぶりにリニューアルされるというのだ。とはいえ、予兆はあった。2019年にアポロ13号50周年モデルにそれまで搭載されていたCal.1861の後継ムーブメントがCal.3861に刷新されたのだ。俄かにスピードマスター プロフェッショナルの通常モデルにもこの新しいムーブメントが搭載されることをマーケットは期待した。様々な複合要素はあるものの、Cal.1861を搭載したスピードマスターは2019年から1年ほどで実勢価格が50%上昇した。2020年にはCal.3861が搭載されたスヌーピーアワード50周年モデルが登場し、ディスプレイケースバックから覗くスヌーピーのギミックやセラミックベゼルの採用があり、100万円を超える価格にも関わらず目下最も渇望されるモデルとなっている。僕自身は、スヌーピーアワードはブレスレットがファブリックのみというのが納得できず、入手に動かなかった。しかし、この記事を執筆している現在も、定価の4倍ほどの値が付いているということで、ムーンウォッチの希少モデルの人気ぶりには驚かされるばかりだ。

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2020年のもうひとつ大きなニュースは、スピードマスターが登場した’50~’60年代に搭載していたCal.321をオメガが完全復刻したことだ。宇宙飛行士エド・ホワイトが着用したモデルの復刻版はロレックス コスモグラフ デイトナ Ref.116500LNの定価を超えており(150万円!)、通常生産モデル(とはいえ、年産2,000本程度に留まる)にも関わらず入手困難が続いている。復刻と名の付くモデルは完全復刻とオマージュに分かれるが、このCal.321に関してはメッキがセドナゴールドという特殊な金属である以外は前者に当てはまる。ケースに関してはセラミックベゼルの採用以外は、やはり古典に倣う完全復刻と言えるだろう。

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そして、2021年遂に通常モデルのムーンウォッチにCal.3861が搭載されリリースされた。驚くべきことに、風防がプラスチック、裏蓋がスティールバックのヘサライトモデルと風防/裏蓋ともサファイヤの2モデルが提供されるという。発表は2021年1月、発売は4月からということであったが、3月頃からショーケースの奥から取り出して見せてくれたので、僕は早速試着した。試着して驚いたのは、ブレスレットが非常にスリムになっている点だ。ケース径は42mm、ラグ幅が20mmなのは、従来からのムーンウォッチのレシピだが、ブレスレットは、エンドリンクの20mmからバックルの14mmまで一気にテーパードされている。これはクラスプにエクステンション(延長)機構を搭載したかったことで得られたスリムさだ。試着時ちょうどロレックス オイスターパーペチュアル36 Ref.126000を着けていたが、ブレスレットのスマートさはムーンウォッチが遥かに凌駕していたように思う。

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アップデートの目玉であるCal.3861もマスタークロノメーター化して遥かに現代的になった。まず耐磁性。このムーブメントは15,000ガウス≒1,200,000A/m(アンペア毎メートル)までの磁力に耐えられることから、磁気帯びの心配が殆どない。僕はスペアウォッチを鞄の中に入れることが多いのだが、ノートPCやスマートフォンなど磁気を発する機器に近づけないようにするには至難の業だ。次にハック機能(時刻合わせ時の秒針停止機能)。旧型のCal.1861はハック機能が無かったため、時刻合わせには寛容にならざるを得なかった。そして精度。マスタークロノメーター化したCal.3861は日差0~5秒内に調整されている。実際に僕の購入した個体は、テストの結果、2.2秒/日という高い精度をクリアしている。これが21,600振動/時のロービート機であるという事実からは想像もできないような高精度だ。最大姿勢差も4.5秒/日と非常に優秀なのは、おそらく大型化したテンワによるものだろう。調速機構はCal.1861の緩急針方式からフリースプラング方式にアップデートされた。

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なお、テストの結果はオメガのオンラインで確認可能だが、あくまで工場出荷時の情報であり、オーバーホールなどで更新される情報ではない点に注意が必要だ。

Cal.3861には3層式のコーアクシャル脱進機が採用により、機構周りの部品の摩耗が低減されたことでムーブメントのオーバーホールインターバルが8年~10年に延長された。もっとも、メーカーオーバーホールはクロノグラフだけに高額で、基本料金は85,000円(税別)となる。頻度はわからないが、ここにプッシャーの交換費用等が加算される。Cal.3861には繊細で割れやすいシリコンヒゲゼンマイやコーアクシャル脱進機が搭載されているため、メーカー以外で引き受け可能な修理業者は限られるだろう。そういう意味では、古典的な設計で整備性に優れたCal.1861に軍配が上がる。

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ダイアル側に目を向けるとクロノグラフ秒針と長針は先端が曲げられており、ヴィンテージを感じさせるだけでなく視認性も向上している。トラックの目盛りも振動数に合わせ1/3秒単位に刻まれている。旧型は1/5秒刻みであったが、秒針の停止位置によっては合わないので改められた。ダイアルはサブダイアルが窪んでいる(ステップダイアル)ことから立体的な印象を持つ。個人的にはプレシャスメタルのようなアプライドインデックスが好みだが、夜光のみのインデックスも悪くない。ダイアルに厚みがある分インデックスを深く掘り込むことができ、スーパールミノバ夜光塗料を多量に使用することができたのか、発光はかなり強烈かつ長時間持続するように感じた。
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タキメーターベゼルはアルミニウムに塗料を載せている。僕はベゼルがアルミニウム製であることを購入しない口実にしようと思っていた。というのは、アルミニウムベゼルは傷つきやすいからなのだが、実際ベゼルを観察すると、アルミ面は内側に向かって下に傾斜する“すり鉢”状となっており、加えてサファイア/ヘサライトともに風防がドーム状に大きく盛り上がっていることから、ベゼル面に対する物理的な干渉は大幅に低減できると踏んだ。恐らくは、経年による褪色のみだろう。しかし、それは時計に対する風合いを加えるもので、ネガティブなものではない。クラシックな意匠であるドット・オーバー・90も本作で復刻された。時速90kmの上にドットが配置されていることからこのように呼ばれる。タキメーターは日常では全く用を為さない。レース用のトラックでレースカーが1,000mに達した際の平均時速を求めるための計算尺であるためだ。

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僕がこの時計に感じる不満は、リューズが極めて巻きにくいことだ。ムーンウォッチはケース側面全体がリューズガードとなっており、ケースをよく観察するとアシメトリー(左右非対称)である。したがって、リューズは2/3がこのガード下に埋まっているので、指で摘(つ)まめる面積は極めて小さい。だから、僕はバンビが製造するクラウン タイトニックスという工具を使って巻き上げている。これはリューズの大きさに合わせて樹脂製のチップを交換して回転させれば簡単に巻上げが可能な優れモノで、7.2mm径のチップを装着すれば3861ムーンウォッチでもスムーズに使用できた。旧型からリューズのサイズが若干大きくなったと聞いて使ってみるまで不安だったが、今やこれなしでは考えられないほどだ。何よりもムーンウォッチを左腕に着けたまま巻き上げ出来るので、外出先でも外して落とす事故はかなり防げるのではないかと思う。

あえて欠点を挙げれば、先端のチップが外れやすいことくらいだろうか。いずれにしても、自分の指で手巻きできるに越したことはないので、ムーンウォッチ マスタークロノメーターに改善点を挙げるとすればこの点だろう。とはいえ、いずれFOIS(First OMEGA In Space)のコーアクシャル マスタークロノメーター版が登場するだろう。こちらはリューズガードがない分、巻きやすいのではないだろうか。僕の場合、自分の指で巻くときは風呂上がりだとスムーズに感じることが多い。指から適度に油分が抜けているからだろう。とはいえ、僕の周りでは旧型でも(絶望的に)巻きにくいという話は聞いたことがないので、あくまで僕とムーンウォッチの相性だと考えている。

冒頭でも述べたが、ムーンウォッチ マスタークロノメーターの最大の魅力はブレスレットである。第7世代のこのムーンウォッチは、第4世代の スピードマスターST105.012の影響を色濃く受け継いでいる。しかし、ブレスレットはニクソン米大統領に贈られた(当人は受け取りを辞退)第5世代にあたるBA145.022-69が最も近い形状を持つ。所謂“ニクソン”ブレスレットである。リンクは先代と比較して小さくなっており細かいサイズ調整が可能だ。一番の改善点はエンドリンクで、T字型の弓カンからロレックスのような隙間なく嵌るエンドリンクに改善された。従前であれば少しグラついていたのだが、遊びもロレックスに肉薄するほど小さくなっている。それでも、バネ棒とケース側面へのクリアランスが十分取られているため、例えばオメガ純正のNATOストラップにも簡単に付け替えができるようになっている。僕は16.5cmの腕周りにあって6時側は調整コマ1個分、12時側は4個分でちょうど良い塩梅となっている。バックル側ではバネ棒を移動させることで半コマ分の調整が可能だ。よほどのことがなければ調整に苦労することはないだろう。ただし、バックルの幅15mmに対して時計本体が大きいため、若干ヘッドが手首で振れる感覚が残る。また、ブレスレットを外すと肌にブレスの痕がハッキリ残るので、肌に接する面積あたりの荷重は大きいと思われる。しかし、新型ムーンウォッチのブレスレット改善は新たなユーザー層を切り拓くと思う。このブレスレット形状であれば女性が着けても全く違和感がないと思う。僕が購入に至った最大の理由がブレスレットに惚れ込んだことにある。

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僕が購入を検討する際に、悩んだのはヘサライトモデルかサファイアモデルのどちらを選ぶかであった。なぜなら、ヘサライトモデルのブレスレットは全てサテン仕上げとなっているのに対し、サファイヤモデルは中間リンクが鏡面であり、僕は圧倒的に前者が好みだったが、サファイアクリスタルの風防の方が実用的であるし、トランスパレントケースバックからCal.3861を愉しみたいと思ったからだ。実際に比べてみると、サファイアモデルのブレスレットはロレックスのジュビリーブレスレットのように美しかったため、こちらのモデルを選んだ。先代のCal.1863(Cal.1861のプラスチック製ストッパーピンを審美性を高めるために金属に替えている)を搭載した第6世代のムーンウォッチ“サファイアモデル(311.30.42.30.01.006)”の定価は、価格改定を繰り返し、669,600円から715,000円にまで6.7%上昇した。その跡目を継いだ310.30.42.50.01.002の定価は847,000円と大幅な上昇(+18.4%)となった。スピードマスターが初心者向けの時計として購入できた時代はもはや過去となった。並行輸入店など二次流通市場にも新作の流通は僅かで(正規店流通開始から3カ月時点)、ほぼ定価で販売されているようである。僕は百貨店の株主優待を利用し10%割引で購入したので、今のところ百貨店の割引やポイント付加で購入するのが一番良いのではないだろうか。

METAS認定されたCal.3861の精度はどうテストしても日差+2秒以内を維持しており、この点に全く不満はない。巻き上げを毎日ではなく、2日に1度に実施すると精度がさらに向上したのは意外だった。気になったのは、クロノグラフをスタートさせたときにクロノグラフ秒針が出だしでスリップする点、12時間積算計が若干オーバー気味にズレる点だ。オーバーホール時期が到来する8年後にカスタマーに引き継いで調整してもらうのも良いかもしれない。


やはり、新しいムーブメントに付き物の不具合も、Cal.3861に関しても無縁ではないようだ。私の個体は該当しないが、クロノグラフ秒針が58秒時点で停止すると同時に、スモールセコンドも停止する事象が報告されている。もっとも、2021年4月製造以降の3861であれば、この不具合に対策を施しているようなので心配なオーナーはブティックなりカスタマーサービスに照会するとよい。
Issue with the Omega Caliber 3861

“月面着陸に携帯された時計”としてムーンウォッチに価値を感じるのであれば、ヘサライトモデルが最適だ。宇宙空間でサファイヤクリスタル風防は割れて飛散すると大惨事に繋がるからだ。しかし、それを突き詰めると、Cal.3861を搭載したスピードマスターはNASAに公式認定されてもいなければ、月面はおろか有人宇宙飛行すら未経験である。宇宙にロマンを感じるのであれば、旧型Cal.1861/1863を搭載したムーンウォッチを入手すべきだろう。Cal.3861の素晴らしさは間違いないのだが、宇宙ミッションの強力なストーリーという後ろ盾が後退してしまう点ではややリスキーな判断であったと思う。僕個人は、’60年代の宇宙開発を冷戦下のイデオロギー対立の徒花として捉えていて、純粋な科学的偉業としてのみ評価することはできないと考えている。そういう意味では、ムーンウォッチを純粋に時計としてしてのみ評価するニュートラルな眼を持っているのではないかと自負している。その僕に言わせても、オメガ スピードマスター“ムーンウォッチ” マスタークロノメーターは文句なく素晴らしい時計であるし、値は張るが必ず手に入れるべき時計だと思っている。

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この時計を買いに長男をオメガ ブティックに連れて行き、納品に立ち会ってもらった。長男に子どもが生まれたらメンテナンスして渡そうと思っている。他の時計なら迷惑に思うかもしれないが、スピードマスターなら喜んでもらえるかもしれない。その時に1時間も待たされて退屈したあの日のことを想い出すだろうか?僕はその日が来るまで、手放さずに面倒を見ていくこととしたい。

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