香港発!Master Dynamic社がブレゲ巻上げ式シリコン製ヒゲゼンマイを開発
高級腕時計としての市場規模は米国に次いで2位の香港は世田谷区と同等の面積ながら時計産業においても中心的な地域です。しかし、その真髄は分業化した部品製造と組み立てが主であって、単一のブランドとして時計製造を手がけるメーカーはほぼ存在しないため、我々時計愛好家からも実態がなかなか把握し難いのが実情です。
さて、その香港で130人の技術者を擁するMaster Dynamic社がシリコン製のヒゲゼンマイを開発したということで、SJXで取り上げられました。スイス国外でシリコン製ヒゲゼンマイを開発する会社は米国のFireHouse社とこのMaster Dynamic社のみです。
シリコン製ヒゲゼンマイといえば、ロレックス、パテック・フィリップ、スウォッチグループの合弁企業であるCSEMが永らく特許を抑えていて、以前私が紹介したボーム&メルシエ ボーマティックが搭載するBM12-1975Aに採用したところ、訴訟をチラつかされたために、翌年の改良版ではこっそり金属製ヒゲゼンマイに差し替えた経緯があります。
シリコンは木の木目と同じ異方性を持つ素材です。異方性とは、方向毎に強度などが異なる性質のことで強度が不安定なのです。シリコンが繊細で壊れやすいと言われるのはそのためです。先のボーム&メルシエ ボーマティックのムーブメントを開発したヴァル・フルリエは2枚のシリコンを張り合わせることで、シリコンの強度面を均衡しました。そのシリコンは反面、温度変化、磁力に対する耐久性を持つことからヒゲゼンマイの新素材として注目されてきました。
Master Dynamic社がCSEMの特許に抵触せずにシリコン製ヒゲゼンマイを製造できる要因はシリコン素材の切り出し方にあります。単結晶シリコンウェーハをDRIE装置で切り出す方法としてCSEMはシリコン(001)面をでの製造プロセスを確立しました。それに対し、Master Dynamic社は(001)に45°の面を持つシリコン(110)を採用することで係争を回避しているのです。
シリコン(110)は(001)に比較して繊細ではあるものの面取りの容易さと言う点については優れていて、エッジを平滑に処理することで、接触による破壊を回避することができます。
もう一つMaster Dynamic社が成し遂げた画期的な成果としてシリコン製ヒゲゼンマイにブレゲ巻上げを可能としたことです。金属と異なり、シリコンは非常に曲げにくく割れやすいのです。その製法は熱を加えながら本の間にヒゲゼンマイを置いて折りたたむように成形するというものです。
過去にスウォッチグループのBreguet(ブレゲ)が本家の意地を発揮してブレゲ巻上げ式ヒゲゼンマイを開発した折には、ヒゲゼンマイと巻上げ部分に連結部を持たせるツーピース構造を採用しましたが、モノブロックから成形するのとでは耐久性に大きく差が出ます(連結部が錘になるというマイナス面もある)。
ヒゲゼンマイの中心部の末端にあたるコレットはクローバー型はバネ状の形質を持ち、ヒゲゼンマイの伸縮の際の負荷を分散する特徴を持たせています。これも金属製ヒゲゼンマイだとコレットは分離されているため一体成形できるシリコンの強みと言えそうですね。
現在のところ採用する時計メーカーはないそうですが、シチズンあたりがこの技術を入手し、グループ内のアーノルド&サンあたりに採用してみせると非常に面白いことになりそうです。
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